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名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)1091号 判決

原告

大成火災海上保険株式会社

被告

野口幹雄

主文

一  別紙事故目録記載の交通事故を保険事故とする原告の被告に対する保険金支払債務は存在しないことを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、別紙事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)を過失により引き起こし、李竜倍(併合事件である昭和六一年(ワ)第四〇四二号損害賠償請求事件原告。以下「李」という。)に傷害を負わせるとともに被害車両を破損させたことによつて、李から損害賠償請求訴訟(昭和六一年(ワ)第四〇四二号損害賠償請求事件)を提起され、李から損害賠償請求を受けているものとして、昭和六二年三月一八日、被告を告知人、原告を被告知人とする訴訟告知の申立をなし、同月二三日、右訴訟告知書が原告に送達された。

2  しかし、本件事故は発生していない。

3  よつて、原告は、本件事故を保険事故とする原告の被告に対する保険金支払債務の存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は争う。

三  抗弁

1  原告と被告は、昭和六一年七月二九日、原告を保険者とし被告を保険契約者とする別紙保険目録記載の保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

2  交通事故の発生

別紙事故目録記載のとおり

3  本件事故の態様

被害車両が信号に従い東北に向つて一時停止していたところ、後続していた加害車両が被害車両に追突した。

4  被告は、李から本件事故にもとづく損害賠償請求訴訟を提起されているところ、原告は、本件保険契約にもとづき被告が法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を填補する責任を負う。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2及び3の各事実は否認する。

3  同4は争う。

五  再抗弁

1  自家用自動車普通保険契約約款第七条第一項一号には「〈1〉当会社は、次の事由によつて生じた損害をてん補しません。(1)保険契約者、記名被保険者またはこれらの者の法定代理人の故意」と規定されている。

2  仮に、本件事故が発生していたとしても、それは被告の故意による事故であるから原告の右約款により免責される。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁の事実は明らかに争わない。

2  同2の事実は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

第一

一  本件事故発生の有無について

1  被告は抗弁2及び3においてその主張の日時、場所においてその主張の態様により本件事故を惹起した旨主張し、被告本人尋問においても同旨を供述し、被害車両の運転者であつたとされる李も原告本人尋問において同旨の供述をし、さらに加害車両の同乗者であつたとされる証人野杁康彦もほぼこれに符号する証言をしているので、これら供述の信用性について以下検討する。

2  原本の存在及び成立に争いのない乙第四号証の一ないし四、成立に争いのない丙第一号証の一及び二、丙第二号証の一及び二、証人菅原長一の証言により真正に作成されたものと認められる丙第七号証によれば、加害車両については、前部中央付近に二か所(バンパーとボンネツト)の圧痕、前部バンパーの左側に凹損、左フエンダー側面に二か所の凹損が認められ、停止中に加害車両に追突されたという被害車両については、後部トランク右端に凹損、右後部テールランプのカバーの右端破損、左リアフエンダー後端に傷痕が認められる。

一 まず、加害車両前部中央付近の二か所(バンパーとボンネツト)の圧痕(丙第七号証添付写真1及び2においてA及びBと指示されている部分。以下「A、Bの損傷」という。)と被害車両の前記損傷との整合性について検討するに、前掲丙第七号証及び証人菅原長一の証言によれば、A、Bの損傷は、明らかに直径一〇〇ミリメートル内外の丸い柱状で、しかも損傷を受けた部分を構成する物質よりは固い固形物によつて生成されたものであり、バンパーどうしでは生成され得ない損傷であることが認められるところ、被害車両には右損傷に対応する部分も痕跡も認めることができず、両車のこの部位の損傷に整合性を認めることはできない。

二 次に、加害車両前部バンパー左側の凹損(丙第七号証添付写真1及び2においてCと指示されている部分。以下「Cの損傷」という。)と被害車両の前記損傷との整合性について検討するに、前掲丙第七号証、成立に争いのない丙第一六号証の一及び二、証人菅原長一の証言によれば、Cの損傷は、ある程度尖つたものによつて生成された損傷であるが、Cの損傷に対応する部分としては被害車両の後部バンパーしか考えられないところ、被害車両の後部バンパーにはCの損傷を生成し得る程度に尖つた部分は見当たらず、また、仮に被害車両の後部バンパーによりCの損傷が生成されたとしたら、被害車両の後部バンパーにも相応の凹損が生じるべきところ、被害車両の後部バンパーにかかる痕跡は皆無であることが認められ、両者のこの部位の損傷にも整合性を認めることはできない。

三 加害車両左フエンダー側面の二か所の凹損(丙第七号証添付写真1及び2においてD、D’と指示されている部分。以下「D、D’の損傷」という。)と被告主張の事故態様との整合性について検討するに、前掲丙第七号証、証人菅原長一の証言によれば、D’の損傷はバンパー左端が前から引かれるか或はバンパー中央が深く押された場合にできる間接痕であること、D、D’の損傷が同時に生じることはありえず、その生成順序は、D’、Dの順であり、その逆はありえないこと、既に前記のプロセスでD’の損傷が生成されていた場合には、軽い衝突でD部に押しじわが発生しうることが認められる。しかしながら、被告はその本人尋問において、D’の損傷も含めて丙第一号証の一及び二に写つている加害車両の損傷は全て本件事故により生じたものであると述べ、また、加害車両の共同購入者でありかつ同乗者であつたとされる証人野杁康彦も同旨の証言をしていることに照らすと、D、D’の損傷が被告主張の事故によつて生じたことを認めることはできない。

四 被害車両後部トランク右端の凹損(丙第七号証添付写真3及び4においてe、fと指示されている部分。以下「e、fの損傷」という。)及び右後部テールランプのカバーの右端破損(以下「テールランプのカバーの損傷」という。)と被告主張の事故態様との整合性について検討するに、前掲丙第七号証、証人菅原長一の証言によれば、被告主張の事故態様(追突)によつて、被害車両後部バンパーを押し潰さずにe、fの損傷を発生させることは不可能であることが認められところ、前掲丙第二号証の一及び二、丙第七号証によれば、被害車両後部バンパーに押し潰されたような痕跡はみとめられず、e、fの損傷と被告主張の事故態様との整合性は認められない。また、証人菅原長一の証言によれば、テールランプのカバーの損傷については、バンパーからかなりの衝撃を受けてもその振動で右カバーが割れることは殆どありえないことからe、fの損傷と同時期に生成した可能性が高いことが認められ、被告主張の事故によつて生じたことを認めるに足りる証拠は全く存在しない。

五 被害車両左リアフエンダー後端の傷痕(丙第七号証添付写真3及び4においてgと指示されている部分。以下「gの損傷」という。)についても、前掲丙第七号証、証人菅原長一の証言によれば、gの損傷については前から後に向かつているものと斜め後から当たつているものの二つの方向があることから、被告主張の事故態様から生じたものとは考えにくいこと、さらに加害車両にgの損傷に対応し得る部分も存在しないことが認められ、gの損傷が被告主張の事故によつて生じたことを認めるに足りる証拠は全く存在しない。

以上の検討結果によれば、加害車両及び被害車両の損傷の中には、被告の主張する態様の事故の存在を裏付けるに足りるものは存在しないと考えざるを得ない。

3  さらに、被告が主張し、本人尋問において供述する本件事故態様自体も非常に不自然であり、この点からも本件事故の存在には疑問があるといわざるを得ない。

即ち、被告は本人尋問において、被告は昭和六一年九月一九日付実況見分調書添付の交通事故現場見取図(乙第五号証の三)記載の〈1〉地点から眠気に襲われボーとした状態となり、その後居眠り状態に陥つたまま加害車両を運転し、五〇メートル以上走行したところで自車の一、二メートル前方に被害車両がいることに気付き、即座に急ブレーキをかけたが間に合わず、被害車両に追突した旨供述している。

しかし、原本の存在及び成立に争いのない乙第五号証の三、成立に争いのない丙第四号証の一及び二によれば、交通事故現場見取図(乙第五号証の三)記載の〈1〉地点から衝突場所とされる地点までは右へ大きくカーブしていることが認められ、居眠り運転をしながら五〇メートル以上もの距離を道路外に飛び出すこともなくカーブに沿つて加害車両を進行させたとすることはまことに不自然であるといわざるを得ない。

4  加えるに、証人菅原長一の証言によれば、前記認定の加害車両及び被害車両の損傷はいずれも同時には生じえないものを含んでおり、加害車両については最低二回、被害車両については最低三回の衝突によらなければ発生しえないことが認められ、また、前記2一において認定したとおり、A、Bの損傷やe、fの損傷等のように本件事故によつては明らかに生じえない損傷も存在するにもかかわらず、被告及び李がともにその各本人尋問において、右損傷について何らの疑問を持つことなく、本件事故による損傷であると述べていることも不自然であり、本件事故の存在自体をも疑わしめるものといわざるを得ない。

5  以上の事情を総合して考察すると、本件事故についての証人野杁康彦の証言、被告及び李の各本人尋問における供述はいずれもたやすく措信しえないものであつて他に本件事故の発生を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

二 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告の抗弁は理由がない。

三 結論

よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 深見玲子)

事故目録

一 事故発生日時 昭和六一年九月一一日午後九時二五分頃

二 場所 名古屋市千種区唐山町三丁目二八番地

三 加害車両 自家用普通貨物自動車(尾張小牧四四つ五三六七)

四 右所有者兼運転者 被告

五 被害車両 自家用普通乗用自動車(名古屋五二ね三六五四)

六 右所有者兼運転者 李

七 右同乗者 訴外宇佐美克己、同朱昭広、同松田哲男

保険目録

一 保険者 原告

二 保険契約者 被告

三 被保険自動車 自家用普通貨物自動車(尾張小牧四四つ五三六七)

四 保険の種類 自家用自動車保険

五 保険期間 昭和六一年七月二九日より昭和六二年七月二九日まで

六 保険金額

1 対人賠償 五〇〇〇万円

2 対物賠償 二〇〇万円

3 搭乗者傷害 五〇〇万円

七 保険料 月額五八二〇円

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